天気の良い日曜の昼下がり。海沿いの護岸で釣りをする場所を探していた兄弟は、消波ブロックの間から見える、人の太ももに気づいた――。
トラック運転手の八塚(やつづか)勝さん(33)と、プラント工事業の勇二さん(29)=いずれも愛媛県松前町北川原=の兄弟は、5月29日午後3時ごろ、松山市西垣生町の広大な工場を囲む護岸を歩きながら、糸を垂らす場所を探していた。あまり知られていないが、マダイが狙える好釣り場だ。
海に突き出した防波堤の先端に行こうとしたが、すでに釣り人がいたため引き返していた。すると前方にある、十字を二つ組み合わせた形をした消波ブロックの間から、人の太ももの一部が見えた。誰かがブロックの陰で横になっているようにも推し量れた。
勝さんは、勇二さんに話しかけた。
「人の足やないんか」
「寝よるだけやろ」
「やっぱちょっと気になるけん見てくるわ」
勝さんが近くまで行くと、海ぎわのブロックとブロックの隙間に、短パンに釣り用のベストをはおった男性が仰向けの状態で頭から肩まではまっていた。左肩が血だらけで顔をしかめ、うめき声をあげている。呼びかけるとろれつが回らない返事があった。そばには折れた釣りざおと保冷バッグがあった。
2人で男性を引き抜こうとしたが、両肩が隙間にぴったりと挟まって抜けない。
勇二さんがスマートフォンで119番通報し、勝さんは消防を誘導するために護岸の出入り口へ向かった。勇二さんは「救急車呼んだんで頑張ってください」などと呼びかけ、男性の肩を手で軽くたたきながら励ました。
通報から15分後、消防署員が到着。男性を隙間から引き抜き、病院に運んだ。消防は、この60代の男性は足を滑らせて頭を打ち、隙間に倒れ込んだとみている。脳内出血を起こしていたという。
松山市西消防署は7月4日、兄弟に感謝状を贈った。署は「護岸は当時干潮で人通りも少なく、男性を発見していなければ満潮時に海に流され、大切な命を亡くしていたかもしれない」とたたえた。感謝状を受け取った勇二さんは「命に別条がなくて良かった。焦らずに落ち着いて、できることをやれた」と話した。
勝さんになぜ気になって見に行ったのかと尋ねた。「僕らも釣りするんで、もし、ということがあったら」。消波ブロックで足を滑らせやすいことは、体験からよく知っていた。「みんなで楽しくできる釣り場で、人を救えたのは良かったなあと思う。今回の男性も釣りをする方やけんこそ、余計にそう思います」(中川壮)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル